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映画10_6.『パール・ハーバー』

〔噛み合わない恋と戦争の主題〕

 「恋と戦争は手段を選ばない」という諺は、両者がともに反社会的側面を持つから成り立つ。『パール・ハーバー』の恋は三角関係、戦争は日本軍による宣戦布告なしの爆撃だから反社会性は明瞭である。だからこの二つの人間行動が同時に描かれた映画は、『風と共に去りぬ』を初め枚挙に暇がない。

 しかし両者をがっちり噛み合わせるのが大変で、この作品も格納庫でダニーとイヴリンが落下傘にくるまって愛し合う場面など、小業は駆使されているのだが、大局では二主題は噛み合っていない。

 1億3700万ドルの大作を世界的にとんとんに持っていくには4億ドル以上をあらゆる形で回収する必要がある。ディズニーのマイケル・アイズナーはウォール・ストリートから制作費の高騰を厳しく戒められていたから、この作品がフロップの様相を見せ始めたのは、映画界全体にとって痛い話だ。

 三角関係の主役らの性格描写がドラマとともに進展しない原因は、「日没を見る度にきみを思い出すだろう」などという台詞を平気で喋らせる脚本のひどさにもある。むしろ三角関係になる前の、同じテネシー出の若者二人の友情のほうが存在感がある。二人はちゃんと南部訛りで話してもいる。

 山本五十六役のマコやローズヴェルト役のジョン・ヴォイト、有名な黒人炊事兵ドリー・ミラー役のキューバ・グディング二世らの脇役陣はなかなか健闘している。しかし即時の対日反攻をしぶる提督の一人を車椅子から立ち上がって叱責するローズヴェルトは、人前で自分の不自由な脚を露呈することを忌避し続けたダンディな彼には絶対ありえない行動だし、甲板からのゼロ戦撃墜で英雄にされたミラーはボクサーで、しかも当時の黒人は差別で1948年まで戦闘員になれなかった結果、暴れ者として恐れられていたことは隠されている。

 なお、対日反攻は、映画の最後に出てくる東京大空襲まで4カ月かかる。主役2名の一人はこの空襲任務で死ぬが、荘厳な葬儀も戦局慌ただしいこの時期には実際には行われなかった。燃料切れでほぼ全機が中国本土へ不時着、水田で動きがとれなくなり、パイロットに死者が続出した話も出てこない。

 この時の東京大空襲は被害僅少だったが、山本元帥は米機迎撃基地をミッドウエイに構築すべく、米側に暗号を解読されていることを知らず艦隊をその海域に投入、罠にはまって敗北、太平洋戦争の転換点となった。

〔CGによる「真珠湾症候群」原点の復元〕

従ってこの映画の見せ場はCGを、駆使した約40分ほどのゼロ戦による奇襲場面にある(実際の空爆は約1時間45分続いた)。

 マイクル・ベイ監督らは、まずゼロ戦の本物を発見する。対日終戦条約ではゼロ戦の本体はもとより設計図に至るまでの破壊も条件だったから、「航空博物館」(サンカモニカ)の幹部らが海底から引き上げてきたゼロ戦二機を復元したものしか残っていない。幹部らは、ロシアで入手した設計図(機密保持のため日本語の古語で書かれている)を8名がかりで英露訳して、やはりロシアで復元したのだ。ベイ監督らは、この復元機をあらゆる角度から写真に撮り、デジタル画像処理で本物から偽物14機を復元した。映画ではゼロ戦がスターウォーズ風に一塊で襲いかかるが、これはまさにジョージ・ルーカスのソフトを使ったためである。もっとも実際のゼロ戦は横に散開して襲いかかったのだが。

 濛々たる黒煙などは、「3Dスモーク」、つまりCGである。波、炎、煙など不定型の動きをするものの復元は最難関と言われてきたが、技術の進歩はそれすら克服した。

 真珠湾には対潜・対魚雷網が張りめぐらされていたのにゼロ戦がこれだけの戦果をあげたのは、日本側が水面すれすれに対魚雷網上をかすめて走る魚雷を開発、それが奏功したためだった。同時に日本側は装甲貫徹爆弾も開発しており、浅水魚雷ほどの効果をあげなかったものの、これが有名な戦艦アリゾナの甲板に食い込み、4階層を貫いて弾薬庫を直撃、大戦艦が9フィートも飛び上がって40フィートの海底に沈んだ。ベイ監督らは、装甲貫徹爆弾が1万フィートの上空からアリゾナを直撃する視点をCGで復元した。

 撃沈される艦船には、海軍の協力を得て(説得に9カ月かかった)、砲撃演習の標的にする1950年代や60年代建造の廃艦群を使ったが、爆発や水しぶきに隠れて、ぼろが出ずにすんだという。

 個人でもいきなり強盗に入られれば恐怖心は生涯消えないように、真珠湾奇襲はアメリカ人総体のトラウマとなり、彼らのその後の類似の反応に対して「真珠湾症候群」という呼称までついた。83歳になる元水兵は、油が炎上する海上で燃えている戦友らを見殺しにしなければならなかった苦衷が今も生々しいらしく、ベイ監督らに体験談を語るとき涙を浮かべたという。ゼロ戦の襲撃はフォード島基地に集中したが、基地は当時と近い状態で保存され、地面や壁にはゼロ戦の弾痕が残されている。これはトラウマそのものの保存に相当するだろう。

〔なぜ今「真珠湾症候群」の原点回帰?〕

 真珠湾奇襲までのアメリカ人の多くは孤立主義者で、第二次大戦で英仏などを助けるべく参戦するのをしぶっていた。ところが、大戦以後のアメリカは「世界の警察官」に変貌、近年まではソ連などの社会主義圏と、最近では「ならずもの国家」群と、それぞれの対決に血道を上げ続けてきた。これまた真珠湾症候群の名残りと言えるだろう。

 思えばアメリカが、真珠湾奇襲(1941年)の前に外敵の侵入を許したのは、「1812年の戦争」のイギリス軍以来のことだった。ハワイ艦隊司令官ハズバンド・E・キメル提督はこの映画では同情的に描かれているが(海軍の制作協力への妥協)、彼が日本潜水艦の出没など幾つもの予兆を無視、哨戒任務を怠ってこの悲劇を招いたのも、アメリカ人総体に広がっていた油断に基づいていた。また日本に対する侮りもあった。生存者の元水兵の一人は、「日本潜水艦のことも聞いていたが、米日の距離を思えば、まさか日本がやるとは思えなかった。連中は予想外に頭がよかった」と言っている。

 前述のように米側は日本の暗号を解読していたが、そこからローズヴェルトが国民の孤立主義を吹き飛ばす陰謀として、真珠湾奇襲を承知の上で自国艦隊に伝えなかったという伝説が今でも執拗に生き残っている。陸軍参謀長ジョージ・C・マーシャル将軍からの警告電報は、お役所仕事の手違いから奇襲開始から5時間後に届いたことも、陰謀説に火を注ぐ結果になった。

 しかし上流ワスプの経済独占が招いた1929年の大暴落に始まる1930年代の大不況克服をめざして、アメリカ資本主義の自由競争主義に箍をはめ、いわばアメリカ資本主義を部分的に社会主義化したローズヴェルトに対する自由競争主義者の反発はものすごく、彼らの怨念がこの伝説の燃料となり続けたのである。元海軍次官としてアメリカ海軍に愛着ひとしおの彼が、水兵らを見殺しにできるはずがない(3千人近い死者が出た)。

 米機は大半が地上で破壊され、迎撃できたのはわずか二機だった(映画の主役がそのモデルに)。彼らだけで20機近くを撃墜したから、米軍パイロットの腕前も相当なものだったことになる。

 「真珠湾症候群」の病的側面は、奇襲の日の夜以降、早くも露呈したが、これは映画から完全に消去されている。「日本軍上陸!」の流言飛語が飛び交い、日本軍と誤認されたアメリカ人非戦闘員の被害が続出、非戦闘員被害者の90%は米軍か自警団によるものだった。日系人はもとより、中国系その他のアジア系や先住民らの被害が大きかった。これを「ホノルルの戦闘」と呼ぶ。アメリカ人は真珠湾奇襲を「汚辱の日」と呼ぶが、「ホノルルの戦闘」こそ汚辱の最たるものだった。以後はローズヴェルトすら、「日本軍が西海岸に上陸、シカゴまで押し寄せる」とマジで口にするのである。

 それにしても、『トラ! トラ! トラ!』(1970年)以来、30余年を経て、「真珠湾症候群」の原点に帰ろうとしたのは、アメリカ人の潜在意識面から見て、興味深い。唐突ながら、長らく『E・T』(1982年)など友好的宇宙人を描いてきたハリウッドが、突如『インデペンデンス・デイ』(1996年)で敵対的宇宙人を登場させたのは、仮想敵ソ連の崩壊によって新たな仮想敵を模索するアメリカ人の心理を反映していた。第二次大戦では味方だった中国が台湾に圧縮され、本土には第二の仮想敵・中国が出現したものの、大戦の敵対国・日本からは恭順をとりつけてきた。しかし日本に広がる嫌米意識や日本の核武装への飛躍の恐れ、これと中国への不安が混淆した心理が、あるいはこの映画に反映されているのだろうか?
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