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映画12_5.ニューヨークの『王子とパンク』

 ロバート・メイプルソープは、ホットドッグかと思ったらパンに挟んだペニスだったなどという衝撃的な写真で有名な写真家、サム・ワグスタッフは写真のコレクターだ。そして二人は愛人だった。ともにエイズで1980代後半年に亡くなった。映画最後に列挙されるニューヨーク美術界のエイズ犠牲者のリストは圧巻で、最後にワグスタッフが来る。

 アンディ・ウォーホルが短期間使ったモデル、エディ・セジウィックと同じく、ワグスタッフは上流WASPの家系だった。芸術家同士は、ともに貧しい家の出だった。ワグスタッフがスポンサー兼コレクターとしてメイプルソープを売り出し、後者が前者を1970〜80年代のゲイとドラッグの世界への案内役を務めた。

 カウンターカルチャーはハイ・アートの引き下ろしとロウ・アートの引き上げによる「大いなるミックス」だったから、ウォーホル組もメイプルソープ組も、ともにその旗手となったのである。その意味で、写真の芸術への引き上げの功績は遺産を注ぎ込んで写真に芸術的資産価値を与えたワグスタッフに帰せられるが、すでに二十世紀前半、ニューヨークで活躍した日独混血の写真評論家サダキチ・ハートマンの衣鉢を継いだとも言える(サダキチは極貧の評論家だったが)。

 映画では、この二人の写真を自在に部分拡大することで変化をつけ、25歳も年が違うゲイ・カップルのエロスを復元、混ぜ合わせ、新たな輝きを取り出す。二人の出会い時点、ワグスタッフ51歳、メイプルソープ26歳、奇しくも誕生日(11月4日)が同じだった。上流社交界の寵児だった金髪のワグスタッフと並ぶと、「王子とパンク」の取り合わせだ。メイプルソープと同棲していた詩人でパンクロッカーのパティ・スミスその他、ニューヨークとロンドンの美術界の著名人が二人の思い出を語るのが過去と現在の往復で奥行きを形作る。スミスが愛憎を超越して二人を懐かしむ姿は、ヘテロとホモのカップルの有り様を神秘的に見せずにはいない。

 最新の世紀末を代表するカップルに照応する十九世紀の世紀末カップルは、オスカー・ワイルドとオレフレッド・ダグラス卿だろう。しかし、上流育ちのワグスタッフは長らく「隠れゲイ」で、1970年代、メイプルソープが代表するカウンターカルチャーの熱気に触れてカムアウト、晩年を激しく燃焼させたのである。
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