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映画15_4.テレビが視聴者の蒙昧化に手を貸すとき『グッドナイト&グッドラック』

 CBSテレビ・ニュースの花形キャスター、4千万人のファンがいたエド・マロウを通して、メディアのあり方を探った映画だ。

 マロウは1930年代、ナチス空軍によるロンドン空襲を現地で実況して有名になった(当時はラジオ)。映画のハイライトは、1954年、赤狩りの魔王、マッカーシー上院議員との対決だ。議員自身は、当時の映像を組み合わせて本人が出演、マロウは俳優デーヴィッド・ストラーンが演じる。監督・脚本のジョージ・クルーニーはプロデューサー、フレッド・フレンドリーの役で登場する。

 クルーニーは昔懐かしい大歌手、ローズマリー・クルーニーの甥だが、彼の父親はケンタッキーでテレビ報道記者で、幼い息子はスタジオに入り浸っていた。クルーニーが反ブッシュなのはリベラル側に立ち続け、時の政権を攻撃したこの実父の仕込みであり、メディア担当者に対する思い入れは深い。

 当然、マッカーシーの姿には、ブッシュ、チェーニー、ラムズフェルド、カール・ローブ、ネオコンやキリスト教右翼ら、今日の共和党の「魔王ども」が投影されている。統計データ的にずさんだったマッカーシーを詳細なデータでやりこめる颯爽たるマロウの姿には、それができない今日のメディアや民主党 の不甲斐なさへの焦りが見られる。

 この映画の現代へのエコーを決定的にしているのは、クルーニーが同時に制作・監督した『シリアーナ』が、イラク侵攻が石油目当てで、石油会社テクサコに楯突く外国政治家をCIAが暗殺する筋立てであることだ。この原作は元CIA局員ロバート・ベアの手になるもので、「アルカーイダを始めとするテロは合衆国の腐敗した中東政策が原因」という告発になっているのである。

 モノクロ画面、カメラに向かって堂々と喫煙、煙草を匕首のように画面に突きつけるマロウ、プロデューサーのフレンドリーが机の下にもぐり込んでマロウの脚をつついてキューを出す場面など、当時のメディアの素朴さがなつかしい。同時にこれらメディアの脆弱な裏側が、マッカーシーの威圧感を一層高める。この威圧感は、反ブッシュのクルーニーらハリウッドの左派にのしかかるブッシュ政権のそれを彷彿させずにはおかない。

 もう一つの主題は、メディア、特にニュース番組が娯楽に堕し、「インフォテインメント」、つまり情報(インフォメーション)が娯楽(エンタテインメント)に変質する現象への警告である。この傾向の発端は、映画ではCBS会長ビル・S・ペイリーがスポンサーの意向を気にして、マロウの直截な政権批判その他に掣肘を加える形で示される。「ニュースもつまりは娯楽だから、スポンサーのご機嫌とって少しはねじ曲げてもいいじゃないか」という姿勢である。ペイリーはユダヤ系で、この民族集団はメディアを支配してきたが、WASPの大資本におもねならないと潰される恐れがあった。彼は上流WASPきっての美貌の妻を女神扱い、セックスは愛人とというほど、WASPに追随していた。

 ご機嫌とりにペイリーらから賞をもらったテレビ産業の年次総会の受賞スピーチでマロウが叩き返した言葉、「テレビは民衆の啓発に使われるのでなければ、針金と照明でできたただの箱だ」──クルーニー少年は、父親が思わず椅子に乗っかってこの台詞を復唱した光景を覚えており、むろん、この映画でもマロウはこれを繰り返すのである。

 今日のハリウッドは、赤狩り以来、大半がリベラル化したが、中でもクルーニー、ショーン・ペン、ティム・ロビンズ、ウディ・ハレルスン、そしてマイケル・ムアらはその旗手である。もっともクルーニーは、「ムアのやり口は敵を増やすだけ」と批判的だ。しかし、CBSニュースでマロウの後輩だったダン・ラザーからは、「右翼の攻撃に真っ向から立ち向かえ」、実父からは「何まごついてやがる。もっとおとなになって、男らしくやれ」と発破をかけられているのである。右派のフォックス・テレビの有名キャスター、ビル・オライリーとは犬猿の仲だが、クルーニーともどもアイリッシュ・カトリックでは同じ根なのに対立している。これは、まさに「第二の南北戦争」、「文化戦争」の渦中に置かれた映画なのである。
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