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映画15_5.『タブロイド』

 この映画の主演ジョン・レグイザモは『サマー・オヴ・サム』で見たきりだが、いずれの映画でも何かにとり憑かれた人物を演じて、私には最も気になる俳優になった。

 今回は、マイアミのスペイン語TV局の現地取材リポーター、マノロ・ボニラとしてエクアドルのシリアルキラー報道のため、女性プロデューサーのマリサとカメラマンのイヴァンの3人で現地入りしている。「ババホヨのモンスター」と呼ばれるこの殺人者は、すでに150余人もの子供を殺害してきた。その一部を埋めた墓が暴かれたババホヨで、ある子供の葬儀場面を撮影中、聖書売りの男ヴィニチオが誤ってひき殺した子供の親たちからリンチされかけるのを、ガソリンを浴びせられ、点火したマッチを投げられる寸前までをイヴァンにあくどく撮影させたところで、マノロはは警官と聖書売りを救出する。これはいかにもレグイザモらしい役どころである。

 たった3人なのに、TVカメラの威力を最大限に活用、リンチを押さえ込む呼吸は、マノロがメディアの先兵として幾多の際どい場面を支配してきた過程で身につけたものだ。しかしこれは同時に、中南米を支配してきたアメリカ合衆国の高飛車さに通底している。マノロはヒスパニックなのだが、アメリカナイズした彼もまた、中南米にしがみついている元の同胞たちを牛耳ることができる。同様に、アメリカ黒人もまたアフリカへ出向けば、アフリカ黒人を牛耳るのである。

 さらに、アメリカが貧困に陥れ続けてきた中南米の悲惨さをあくどいまでに迫真的に報道すれば、マノロは本国アメリカで今のTV局より格上の局へスカウトされ、アメリカン・ドリームが実現する仕組みになっているのだ。中南米は、またもや踏みつけにされる。

 エクアドルが舞台だけに、マノロが南米系、マリサがスペイン系、イヴァンがメキシコ系と、多様な民族的出自が明確に区別されている。アメリカだと十把一からげに「ヒスパニック」で片づけられてしまうが、ここエクアドルではそれがない。なお、レグイザモはコロンビア生まれだが、親についてアメリカへ移住したからこそ、俳優として国際化できた。ただし、それゆえにスペイン語は話せず、特訓を受けて喋る「スパングリッシュ(スペイン語交じりの英語)」はきごちない。これが逆に中南米系アメリカ人が中南米人そのものを牛耳るというこの映画のテーマにふさわしい。

 わが子をひき殺されてリンチを煽動した父親ともども留置場に入れられたヴィニチオは、罪を逃れるためにマノロに同情的な報道をしてもらうべく、ババホヨのモンスターが自分のトラックにヒッチハイクしてきたたとき彼から聞いた児童殺害の模様を話し始める。語り続けるうちに、それまでの聖書売りらしいいかにも殊勝な態度がかき消え、微に入り細を穿って凶行を語り続けるヴィニチオ自身がシリアルキラーではないか?という疑念が観客を捉えるだろう。マノロも同じ疑念を抱き、警官に告げるべきか悩む。しかし、映画の本旨はそこにはなく、聖書売り=ババホヨのモンスターの仮説で番組を捏造すれば、「あくどい迫真ぶり」は極点に達し、マノロの「夢」は実現すると、マノロが思い切る点にある。かりにヴィニチオが真犯人でも、こちらが報道してしまえば地元警察は彼を捕縛するだろうから心配なし。これまでも嘘を承知で報道、ついには自分でも嘘とは思えなくなってしまったではないか。同時に、ヴィニチオの迫真の語りはマノロの迫真の報道と大同小異なのだ。ヴィニチオは、リンチの最中にも聖書の文句を叫んでは無実の証にしようとした。いざという時にこそ商売道具は使わないと。かくして、2人は相互に競合しながら、迫真の虚構の只中へと転落していく。

 アメリカの観客は、このマノロを見てフォックス・ニュースの人気リポーター、ジェラルドー・リヴェラを連想するという。道義も何もない報道をやるくせに、突如、勧善懲悪的に大げさに断罪する点などが、似ているらしい。

 この映画のスペイン語の原題、クロニクスは英語だとクロニクル(年代記・物語・新報道)だから、要するに報道を虚構にすり替えるわけだ。報道精神を失っていないマリサとの葛藤が生じる。中南米と無縁の、つまりスペイン及びアメリカによる中南米征服と無縁の、スペイン系であるがゆえに、彼女は正気でいられるわけか?

 さて、以上、私が理解した主題がこの映画のテーマなら、問題となるのはこれを諷刺として描くのか、没道徳ぶりの恐ろしさをスリラーとして描くのか?ということだ。どうもこの映画はその中間で不安定に揺らいでいる気がする。
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