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映画3_8.「仏」作った親世代、「魂」入れた子供世代『フリーダム・ライターズ』

■人種統合と公民権運動の威力■

 この映画の本旨は、親世代が作って放置した「仏」に子供世代が「魂」を入れたということである。

 放置の実例が、ギャングはびこる高校だ。ここはかつて公立の進学校だった。しかし、中流白人子弟だけの進学校だったのである。公民権運動の趣旨は、あらゆる人種を一つの環境に混ぜ合わせることだった。これを「人種統合」という。その結果、遠くのスラムから長時間のバス通学で有色人種の子弟が送り込まれ、悪化した教育環境を逃れて白人子弟は私立校へ逃げ出した。これは一九六○〜八○年代、全米規模で起きた現象だった。

 映画だと進学校の唯一の名残は「優等生クラス」だが、これを担当する白人男性教師の欺瞞性は明らかだ。彼もまた、「仏」に「魂」を入れ損ねた一人である。黒人の優等生としてここに入れられたただ一人の女子生徒はその欺瞞性にがまんできず、ヒロインの落ちこぼれクラスに変わってくる。

 「統合」を強力に推進した装置は「独立学校区」で、映画だと、黒人のコーン博士ら、公民権運動家たちが作り上げた。ここは独立の教育税徴収権を持ち、例えば不法移民の子弟も堂々と受け入れ、移民帰化局への通報の義務がないほどの強力機構である。

 公民権運動の成果がいかに強力だったかは、公民権法の威力に窺える。一般法で裁判が結審すれば、一事不再理で二度と訴訟はできないのだが、人種差別を前提とすれば公民権法で再告発できる。映画の冒頭に出る一九九二年のロス暴動こそ、黒人青年に暴行した警官たちが一般法によって無罪とされたことへの怒りの爆発で、後に警官たちは公民権法による「一時再理」で有罪が確定された。

■なぜ公民権運動が挫折したのか?■

 とはいえ、コーン博士のように学卒で中流の上の黒人と、映画の生徒たち下層の黒人、ヒスパニック子弟の階層分化はなぜ起きたのか? もはや一九七○年代以降おなじみとなった工場の海外逃避で、ブルーカラー中流層だった彼らの親たちが失業したためだ。「扶養児童家族手当(AFDC)」は働き手がいない家庭に付与されるので、失業した父親は家を出て、残った家族がそれを受給した。その結果、家庭崩壊は一層深刻化した。息子や娘たちは、麻薬取引か強盗で生計を立てる必要から、八歳くらいでギャング組織「フッド」に入り、兄貴分(オリジナル・ギャングスター)の下で子分(ホーミーズ)として殺人訓練を受けたが、このフッドが彼らの「代替家庭」となった。映画にもあるように、フッド入会では手ひどいヤキを入れられ、裏切りは厳しい報復を受けた。登校には敵フッドの縄張りを通るので、拳銃携帯は当然、学校側は校門に金属探知機を据えて没収した。

 さて、ヒロインの父親も良心的な白人男性として公民権運動に参加したが、目下の事態にお手上げという点では、「仏作って魂入れず」の罪を犯している。ヒロインは、持ち前の無邪気さから、「仏」への「魂」入れにとりかかり、国語科長の白人女性教師や例の「優等生クラス」担当の教師らと堂々と対立、ついには生徒指導に入れ揚げる妻にかまってもらえない夫から離縁までされてしまう。

 ヨーロッパその他のしがらみを棄て、新世界で新規巻き直しに踏み出したアメリカ人には、私たち旧世界の人間にはない無邪気さがあり、これがあのアメリカン・デモクラシー、奴隷解放運動、公民権運動、女性やゲイの解放運動、カウンターカルチャーなどを引き起こす偉大な原動力となってきた。だからこそ、コーン博士らは、最後に、国語科長の反対を押し切って、新米教師のヒロインに上級学年の担任を許可したのである。

■最大の被害を最大の才能開発に■

 しかし無邪気なヒロインにも戦略がないわけではない。あの手この手で生徒の心を掴む努力の極めつけは、ホロコーストという絶体絶命の被害を跳ね返して、世界史上、空前絶後の才能開発をなし遂げてきたユダヤ系に学ぶことだった(拙著『新ユダヤ成功の哲学』ビジネス社参照)。いや、映画タイトルの元となった「フリーダム・ライダーズ」で深南部のバス差別に敢然と挑み、南部白人の暴行の矢面に非暴力で立ち向かった白人フリーダム・ライダーズの多数はユダヤ系だった(映画では顔面痣だらけにされたズワーグ青年が登場)。

 さて、ヒロインがアンネ・フランクを匿ったオーストリア系オランダ女性をクラスに呼び寄せるクライマックスで、もはや高齢となったその女性は、生徒の一人から「あなたはヒーロー」だと言われ、「あなたたちこそヒーローなのだ」と切り返す。私はここで涙が出た。その通りなのだ。黒人、ヒスパニック、アジア系の一部の生徒たち、そして唯一の白人男子生徒らは、ここで最大の被害を最大の才能開発へと転換するコツを学んだのである。

 この生徒らは、一族で初めて大学に進学した者が多かった。その点、ハイメ・エスカランテという異才のヒスパニック教師に導かれて全米で最難関のテストに合格者を輩出した元ギャングの少年少女たち(映画『落ちこぼれの天使たち』。原作は宝島社から拙訳)ともども、この映画の「ヒーローたち」も、そしてヒロインも、ともに実在のアメリカ人たちだった。最大の被害を最大の才能開発に転換できるアメリカの無邪気さに幸あれ!
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