本文へジャンプ 越智道雄のページ   文字サイズ コントラスト
映画top

映画5_3.欲望開放と贖罪の連鎖『めぐり逢う大地』

 ゴールドラッシュが大陸横断鉄道の建設を加速させた。この映画はその因果関係を一つの家族のドラマに集約してみせたわけだ。

 なにしろ東海岸から大西部を横断して西海岸に出るのは、途中のネイティヴ・アメリカカンとの戦闘、道路標識などない恐るべき原野を思えば、オレゴン・トレイルなどの事情に通じた人物を隊長とする幌馬車隊を組まなければ不可能だった。しかし物欲に憑かれた者たちがゴールドラッシュ参加をめざして何ヵ月もかけて幌馬車隊など組む気持ちのゆとりはなかった。彼らの大半は、東海岸でいつ沈むか分からないぼろ船を入手、大西洋を南米大陸最南端まで下り、太平洋に出てサンフランシスコまで北上するルートをとった。そのほうが陸路を進むより、早かったのだ。

 この異様な不便さがアメリカ人の脳裏に染みつき、事業家らは東西横断鉄道の企業性に着目したのである。映画に出てくる鉄道技師ダグリーシュはセントラル・パシフィック鉄道(以後CP鉄道)の雇員だが、この鉄道はサンフランシスコ近くのサクラメント起点、1869年、ユタのプロモントリー・ポイントでユニオン・パシフィック鉄道(以後UP鉄道)と接合、大陸横断鉄道を完成させる。CP鉄道のトップ、コリス・P・ハンティントンとリーランド・スタンフォードは、連邦政府、州政府、地方自治体の膨大な支援の下に、ネブラスカ州オマハを起点に建設を開始したUP鉄道と歴史的な建設競争(1867〜69)を展開した。UP鉄道はいったん倒産、ハリマン財閥の創始者E・H・ハリマンが買収、東西連結を実現した。UP鉄道は倒産前、政府投下資本を吸い上げる大規模な汚職が完成後発覚するが、ハリマンはこれに関与していなかった。

 西海岸側の事業主らはハンティントン図書館(ロス郊外サンマリーノ)、スタンフォード大学に名を残すが、ハリマン財閥は東部エスタブリッシュメントの中枢として生き延び、息子エイヴレルは事業を実弟ローランドに任せ、ローズヴェルト、トルーマン、ケネディと3つの政権で活躍した(詳細は拙著『ケネディとブッシュ』扶桑社近刊)。

 鉄道建設にはゴールドラッシュで夢破れた者たちが参加したが、一番多かったのが映画の主人公ダニエル・ディロンのようなアイルランド移民、そして映画でも周辺的に描かれる中国移民だった。横断鉄道建設に参加したアイルランド移民の映画では、『遙かなる大地』(??)がある。

 ゴールドラッシュについては拙著『カリフォルニアの黄金』(朝日選書)を参照願いたいが、映画で主人公が砂金一袋で妻子を売る行為に象徴されるように、アメリカン・ドリームの暗黒面をいやましに膨脹させた出来事だった。大航海時代に発見された南北アメリカ大陸は、中世時代、ヨーロッパ人が信じ込まされてきた天国が地上に天下ったものと意識された(映画の主人公が自ら建設した町にキングダム・カム<この世の天国>という名をつけたこと自体がその証拠)。これは巨大な欲望開放だったが、同時にそれが神に認められなければならないという欲望開放の正当化という縛りがついていた。これが主人公の途方もない贖罪行為に繋がるのである。

 しかしまずは欲望開放が先で、最初は土地の獲得という欲望がヨーロッパ人らを駆り立て、フロンティア・スピリッツの根源になった(その最後のものが『遙かなる大地』に描かれた、「オクラホマ・ランドラッシュ」)。黄金幻想はインカその他で拡大されていたが、最後のフロンティア、シエラネバダでの大金鉱発見は、ヨーロッパ、中国、オーストラリアから膨大な移民を引き寄せ、東から西へと突き進むフロンティア・スピリッツの運動律を最大限に加速させた。その運動律の発展的延長が大陸横断鉄道建設だったのだ。

 しかし欲望開放の後には贖罪が控えている。ディロンは家庭を投げ捨てて掴んだ富を、今度は家庭を取り戻すために投げ捨てる。この葛藤の具現物が八角形のヴィクトリアン建築で、これは欲望開放の頂点でディロンが思い描いた天国である。しかし贖罪の段階ではこの建物を浄化しなければならない。ディロンは八角形の邸宅を山頂へ引き上げさせる。それが町民によって雪の山腹を引き上げられていく光景は、ゴールドラッシュの狂気の見事な形象化になっている。

 原題の「ザ・クレイム」は採掘権を指すが、同時にディロンが、いやゴールドラッシュが「天国の採掘権に対する要求」だったことを指してもいる。強烈な欲望を神に認めてもらうべく、世界最強の功利主義国家アメリカは、今も世界で最も信心深いプロテスタント国家なのだ。しかしカトリックも今日、七千万人もいる。世界中から移民が押し寄せた結果、映画のアイルランド系主人公とポーランド系の妻のように共にカトリックだから結婚したのだが、イギリス系に差別されてきたアイルランド系がポーランド系を差別してきたからこそ、妻子を売却したのだ。だがカトリックは懺悔抜きでは天国へ行けない。そこで主人公は全財産を元の妻に与えて再婚した。もっとも自分の町に鉄道が引けず、再婚した相手が死んでしまえば、ディロンには町は何の値打ちもない。彼が自ら山上の邸宅と町に火を放つ姿は、アメリカン・ドリームの底知れない徒労感をかきたてるのだ。

 ゴールドラッシュでのディロンの過ちを鉄道建設ブームで繰り返す後続世代は誰か? キングダム・カムは地形的に鉄道が引けないと断定するダグリーシュか? この奇妙な名(発音だけだと「犬の鎖」。Lを発音せず、「ドーグ」)の鉄道技師は、確実に鉄道ラッシュという新たな欲望への「鎖」を切り離す権限を与えられている。少なくも彼は、自ら鉄道建設チームを率いて滅亡に追いやったディロンの娘と結ばれるだろう。彼女の名はホープ(希望)なのだが、それは鉄道連結を次の天国と見なす希望に繋がっているにすぎない。ディロンの愛人ルチアは、彼の愛を失ってキングダム・カムに見切りをつけ、ダグリーシュの忠告を入れて、鉄道沿線に「次の天国」を建設すべく去っていく。歴史は繰り返すのだ。
一番上へ
Copyright ©2009 Michio Ochi All Rights Reserved. Valid HTML 4.01 Transitional 正当なCSSです!
inserted by FC2 system