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映画8_8.史実のアメリカ大統領暗殺と映画の『大統領暗殺』

■民主共和制下では大統領暗殺及び未遂数は異常■

 アメリカでは大統領が過去に四名暗殺された。リンカーン(一八六五)、ジェームズ・ガーフィールド(一八八一)、ウィリアム・マッキンリー(一九○一)、そして私たちの時代にはケネディ(一九六三)である。

 大統領の暗殺未遂は、アンドルー・ジャクスン、フランクリン・ローズヴェルト、トルーマン、フォード、レーガンの五名。

 一国の元首の暗殺は、ヒトラー暗殺計画のように、当人が独裁者の場合、大いに意味がある。死ぬまで居座る独裁者は、銃弾で引導を渡すしかない。しかし、選挙で元首を落選させることができる民主共和制だと、暗殺はほぼ無意味だ。その意味では、アメリカの暗殺四名、未遂五名は異常と言える。

 後は動機次第だ。この映画では動機は明白で、アフリカ系の退役軍人が愛する自国軍隊を無益な戦争に動員、あまつさえ、後を継いで軍人になった自分の息子の命を奪う契機を作ったブッシュ大統領を暗殺する。リンカーンの暗殺者、シェークスピア役者のジョン・ウィルクス・ブースは差別主義者だったからこれまた動機は明白。ガーフィールドは、領事にしてもらえなかった弁護士が犯人。マッキンリーは、南北戦争後の発展期に生じた社会格差に怒ったポーランド系の無政府主義者が犯人だったから、これも動機は明白だ。そして、大統領暗殺では唯一、ある程度無理からぬ理由があった。

 だが、ケネディの場合、動機どころか犯人の特定すら怪しい。レーガンの犯人はもっと奇怪で、映画『タクシードライバー』(七四)の女優ジョディ・フォスターに惚れて、彼女への愛を示すためにまずカーター大統領を狙うが果たせず、代わりにヒルトン・ホテル前でレーガンを狙撃した。怨恨が動機だった昔の犯罪に比べて、動機抜きの無差別殺人に変貌した今日の犯罪形態が、大統領暗殺(未遂)にまで及んだわけだ。

 実写フィルムをみごとに接合・編集したこの映画は、この二つの事件を以下の形で作中に組み込んだ。ケネディ暗殺は向かいの建物からのブッシュ狙撃、レーガン暗殺未遂(一九八一)はホテル正面玄関での狙撃である。しかし、この映画では動機は明白なので、二つの実際の事件に見られた動機抜きの無差別殺人という今日性は失われたことになる。

■なぜ英国人監督がこの映画を作ったのか?■

 興味深いのは、この映画が英国人監督の手になったことだ。欧州諸国のブッシュ政権の「一国主義」への反発は壮絶だったが、ブレア前首相だけはブッシュに味方した。しかし、英国での反ブッシュ・デモは大規模だった(この映画では、ヒルトン・ホテル前で凶暴化している反ブッシュ・デモ隊一万二千人の実写フィルムには英国の実際のデモ映像が使われたのか?)。従って欧州諸国民は、ブッシュに対する暗殺願望を持っていたことになる。その願望がこの映画に集約されたとも言える。歴代大統領の暗殺及び暗殺未遂犯人がいずれもアメリカ人で、外国人ではなかった点を思うと、この映画の背景は重大である。

 大統領選の度に、世界はアメリカという覇権国家の運命をアメリカ人だけが握ることに焦燥を感じ、外国人である自分たちにも何らかの投票権を要求したい欲求に駆られる。覇権国家の運命は、即、世界の運命だからだ。

 それにしても、EU諸国の指導者らは公然と反ブッシュを表明した。日本の首相と英国の首相は例外だったが、それは円とポンドがドル頼みなのに対して、EU諸国はドルを凌駕する国際通貨ユーロの威力を背負っているからだ。EUはすでに六万人のEU軍を擁し、将来、米に支配されるNATOとの置換を想定している。これが、EU諸国元首の強気の背景だった。前大戦の加害国としてアジアで統一通貨など持ちようがない日本の首相が、覇権国家に楯突けるはずがない。

 しかし、この映画では暗殺者は民主主義を標榜するアメリカの歴史で最も割りを食ってきたアフリカ系になっている。第二次大戦で日独伊のファシズムと戦ったアメリカは、国内のファシズム(人種差別)は放置した。大戦後、これと戦ったのは、ユダヤ系とアフリカ系である(公民権運動)。従って、この映画の暗殺犯は、ブッシュ暗殺によって「非合法な公民権運動」を行使したとも言える。

■『スターウォーズ』との照応■

 つまり、映画『スターウォーズ』で「惑星間共和国連邦」の議長ペルパティーンが、密かに連邦を骨抜きにして悪の帝国に切り替え、自らは皇帝ダース・シディアスに変貌したことは、世界協調主義からアメリカ一国主義への変貌の予兆だった。『大統領暗殺』の犯人は、いわば『スターウォーズ』の主人公ルークの役目を担ったことになる。つまり、歴代大統領の暗殺では、唯一ある程度は正当化できたマッキンリー暗殺の「正義」に近づくのだ。隠れもない資本側の擁護者だったマッキンリーは、格差社会の元凶、産業主義の祝 宴、「汎アメリカ博覧会」で射殺された。

 しかし、お人好しのブッシュを暗殺したところで、事態は好転するどころか暗転する。一国主義とイラク侵攻の元凶にして旗振り役、チェーニー副大統領を大統領に昇格させてしまうからだ。暗殺するなら、両者合わせてやるしかなかった。

 チェーニーは不可解な人物で、激務を縫って一週間に数冊は書物を読むインテリなのに、ブッシュ父政権の国防長官として湾岸戦争を仕切り、副大統領就任前は中東に権益を擁するハリバートン社の会長として、政治や経済の悪の中枢を担ってきた。読書という知的活動によって悪を中和するどころか、悪の行使に賭けたのである。そして、ブッシュ息子当選と見るや、すかさず新大統領周辺をネオコン人材で取り囲んで政権の頭脳とし、他の勢力を遠ざけた。さらにはブッシュ自身メンバーである超保守の大勢力「キリスト教右派」を政権の手足として取り込んだ(拙著『ブッシュ家とケネディ家』朝日選書/『秘密結社』ビジネス社参照)。そしてイラク侵攻にハリバートン社を競合入札抜きで帯同してイラク石油資源と直結させ、政治的盟友、ドナルド・ラムズフェルドを国防長官に据えた。ラムズフェルドはその無能さゆえに日系人最初の統合参謀本部議長エリック・ケン・シンセキ将軍ら軍部の忠告を無視した上、将軍を解任、作戦ミスを重ね、イラクを泥沼に追い込んだのである。チェーニこそが、ペルパティーン=ダース・シディアスなのだ。

 この映画では、ブッシュの葬儀でチェーニーが行う追悼演説まで辻褄が合うように実写フィルムで編集されている。英国人監督は、EUとアメリカにサンドイッチされた微妙な立場の国民の一人として、私たち日本人よりはるかに具体的にチェーニーの悪をかぎつけた。彼の悪の幾分かは、EUという「ヨーロッパ合衆国」(人口・面積面でアメリカより巨大)をソ連に代わる仮想敵と見なす点から来ており、欧州人はそのことに敏感なのだ。

 「9/11」以後、チェーニーはすかさず「テロとの戦争」を理由に「モア・シキュア、レス・フリー(安全増やせば自由減る)」を唱え、国民総体を監視下に置く「USA愛国者法」を通過させたが、映画ではこれをさらに改悪、その改悪新法を駆使してシリア人技師を容疑者に仕立て、FBIの尻を叩いて曖昧な状況証拠で逮捕、シリア侵攻の糸口を掴もうとする。

 この上は中東系の中から「チェーニー大統領」を暗殺する者が出てくるだろう。なにしろ、中東系は、テロの度どころか、日常でもうろんな目で見られているのだ。

 しかし、大統領暗殺で事態が好転したことは、この映画同様、歴史的にも一度もない。選挙による国民の審判という制度しか事態への対応措置はないだからこそ、。二○○八年の大統領選は、アメリカ史始まって以来、最大の試金石となる。その意味で、史上最初の女性大統領が出現するか?ということの他に、民主共和制が今後も世界規模で機能するか?という点でも、私たちは固唾を呑んで見守るべきだろう。
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