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映画9_4.映画による二つの戦争への対応『華氏911』『フォッグ・オヴ・ウォー』

 ここでは、『フォッグ・オヴ・ウォー』(以後FOW)と『華氏911』を扱う。二つの映画の共通項は、前者の主役がマクナマラ、後者がブッシュだから、戦争を遂行した元凶が主題になる点だ。他方、両者の相違点は、前者が歴史となった戦争(ベトナム戦争)へ内省、後者が現時点で進行する戦争状況(イラク戦争)に対する諷刺である。

 FOWには、「マクナマラが人生から掴んだ十一の教訓」という副題がついている。では、ブッシュがイラク戦争について「教訓」を掴めるのは、いつの日だろうか?

 ドストエフスキーに『夏の印象に関する冬の記録』というルポ的紀行文集がある(『夏象冬記』と訳す)。現時点の戦争が人生の「真夏」なら、遠く過ぎ去った戦争から「教訓」を掴めるのは人生の「真冬」だ。

 人命の犠牲を承知で戦争を断行した者は、「教訓」、つまり自分が犯した罪が見えたとたん、地獄の階梯でも浅い箇所へ移され、見えないと、より深い階梯に落とされる。少なくとも、ダンテの『神曲』ではそうなっている。ただ、この映画で見るかぎり、マクナマラの「教訓」は罪が見えたというほどのものではない。例えば、キューバ・ミサイル危機でケネディ大統領にフルシチョフへの感情移入を行わせ、相手の本音を捉えて妥協案を呑ませ、世界最終戦争を回避した結果、最高指導者は敵の最高指導者に「感情移入せよ」という「教訓」を掴んだにすぎない。彼はついに自分が死に追いやった彼我の兵士や民間人に詫びはしない。

 映画『13デイズ』はキューバ危機のケネディ周辺を描くが、強攻策を唱えたカーティス・ルメイ将軍こそ、第二次大戦でマクナマラが爆撃機パイロットとして仕えた相手で、この将軍は東京大空襲をはじめ六十七の日本都市空襲の元凶だった。FOWには、ルメイが生で登場する。

 また、FOWでは、マクナマラがベトナム戦争のエスカレーションに反対するのを、ジョンスン大統領が拒否するやりとりも出てくる。かくして、映画はむしろマクナマラの免罪符の観を呈するのだ。

 むろん、エロール・モリス監督は「戦争の霧」(中国の諺らしい)、つまり戦争遂行者の「霧」を晴らすべくこの映画を作ったのだが、結局、マクナマラの弁明は「善をなすにはどれだけの悪をなさねばならないか?」という設問に逃げ込むことに終わった。マクナマラは懸命に自らが犯した行為を「歴史の法廷」で自己弁護するのだが、その法廷は果してどんな判決を下すのだろうか?

 そこへいくと、マイケル・ムア監督は断罪者としてばかりか諷刺家としても、「善のために悪を遂行中」のブッシュを笑いのめす。ウサマ・ビン・ラーディンはサウジの大手建設業者の一族だが、ブッシュ父子がこの一族と取引があるという倒錯的な関係を、映像で暴き立てるのだ。

 それどころか、「9.11」当日、両家が株を持つ兵器産業「カーライル・グループ」の株主総会がワシントンのホテルで開かれ、ビン・ラーディン一族の駐米員がブッシュ父と世界貿易センター崩壊のテレビ画面を見る最も皮肉な場面が危うく実現しかけた(ブッシュ父は、用事でヒューストンへの機上にあった)。

 ムアは一体どこからブッシュ父子がサウジ王室と親睦を図る映像などを入手できたのか? イラクの民家に押し入る米兵、怯えるイラク人の映像まで披露するのだ。圧巻は、「9.11」時点でフロリダの小学校で『ペットの山羊ちゃん』を読み聞かせていたブッシュ息子が、首席補佐官から事件を耳打ちされ、奇妙な沈黙に陥った表情だ(そこの教師からフィルムを入手)。ボンクラ大統領から有数の「戦時下大統領」に変身していく不気味な表情である。

 「真夏の印象」(進行中の悪)に徒手空拳で対抗するには、モリスの内省的でクールな手法ではだめで、ムアは「諷刺」というホットな手法を貫いた。イラク侵攻を世界に告知する寸前のテレビ用化粧の最中、自分の頭にキョトキョト目をやる軽薄なブッシュ息子の映像は、彼には自分の「悪」を内省できる日はついに来ないことを暗示している。
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