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ブログを見易く表示 ステレ9

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ステレ9(越智道雄)

 金融資本は貪欲と関連するので、以下のアラン・グリンスパンの言葉から始めたく思います。「人間が貪欲になったのではなく、貪欲さをむきだす回路が途方もなく拡大された」。「回路の拡大」の先兵がデリヴァティヴ(金融派生商品)だったわけで、この市場は08年10月時点で531兆ドルでした。

 普通、賭は例えば小田急株の上昇を念じて購入する場合、「ベット・フォア」ですが、小田急株がこけた場合のヘッジ株の購入は「ベット・アゲインスト」になりますね。前者はプラス志向、後者はマイナス志向で、デリヴァティヴは後者となります。ヘッジは商取引への恐怖から「派生」するので、商取引への希望が基礎になるプラス志向の金融商品より市場がはるかに広大になり、かつその時間も早くなります。グリンスパンの発言時点(02年)、106兆ドルだったデリヴァティヴ市場は6年後、531兆ドルに増殖していました。デリヴァティヴは、世界中に根を張り、今回の不況は連鎖の範囲と速度が印象的でした。

 サブプライム・ローンは、住宅の値上がり分を担保にローンを低利子か無利子で貸し付け、値下がりで支払えなくなった物件を差し押さえて二重に儲ける手口です。しかも、このローンを証券化して別の複数の「ベット・アゲインスト証券」と組み合わせて新商品として売ったために、株式市場の崩壊が最初はブスブス燃えきらない形で起き、1年ほどで大瓦解に至ると、デリヴァティヴ倒産の速度は「音速」に近くなりました。投資銀行ベア・スターンズ瓦解は08年3月で、半年後の9月、ファニー・メイ(連邦抵当金庫)とフレディ・マック(連邦住宅金融抵当公社)、投資銀行リーマン・ブラザーズ、綜合保険機構AIGが立て続けに危機に瀕し、他は公金投入で救われましたが、リーマンだけは見殺しにされましたね。

 デリヴァティヴにはいろいろあるようですが、以下の例はマイナス性が際立ちます。ある人物がわざと破綻しそうなローンばかり組み合わせて証券化(「債務担保証券(CDO)」)、ゴールドマン・サックス(以後GS)に1500万ドル払って売ってもらい、10億ドル儲けたそうです。引き受けたGSの副会長は、「こいつはシュールだ」と同僚にメールしています。現在、GSはこのCDO販売で証券取引委員会から民事告訴され、議会の当該委員会から査問され、この副会長もつるし上げられる場面がTV公開されました。開発した当人はお咎めなしです。

 恐怖は何重にも膨れ上がるので、デリヴァティヴをヘッジするデリヴァティヴ(「債務不履行時の信用リスク移転<CDS>」)が登場して当然でしょう。AIGはこれを10余年前に開発、大儲けしたくせに、自身へのヘッジを怠る間抜けさで墓穴を掘りました。

 さて、ギリシャやローマには、上記の分類だと、プラス志向の証券(株)ばかりだったのでしょうか? 私が興味を持つのは、「恐怖>希望」の原則に従って、前者を商品化した概念は、ポストモダニズムとどう連関するのか?という点にあります。少なくとも、1980年代にはジャンク・ボンドという、リスク度が高い分だけ利幅も大きい証券が開発され、これを使ってTOBやレヴァリジド・バイアウト(LBO)が頻発しました。多くは獲物とする企業の資産を元手にジャンク・ボンドを借りて乗っ取る行為です。

 帝国主義的領土拡張の道を禁じられたエネルギーの横溢が、金融に封じ込められたわけで、戦争による領土拡大が可能だった古代には無縁の現象だったのでしょうか?

ステレ9(向山 宏)

 希望への投資、希望から恐怖へ、恐怖への保険という連鎖は古代の結社や海上冒険貸借などの制度の背景にもあり、国家が認め保証している点でも同様です。結社は共通の神への崇拝を背景に同業者の信用保証と相互扶助をはかり、海上冒険貸借は短期結審する国家の迅速裁判で規律を保証します。しかし、そこまでで、恐怖へのヘッジで儲け、ヘッジをヘッジすることで儲けるシステムはありません。

属州への徴税請負は、ケンソールとの契約でその年度の税を収穫期以前に元老院属州なら元老院に、皇帝属州なら皇帝に前納します。そのための前納金や借入金の確保が必要で、これは徴税請負が一定の財産や信用の所有を前提に成りたっていることを意味し、元老院身分が経済活動から排除された状況では、騎士身分が台頭する原因です。一方、徴税は収穫や景気に左右され、凶作の場合の損害は補償されません。リスクヘッジの手段としては、豊作と凶作を問わず過酷な徴税で内部保留を高めるしかありません。試算によると税率は現在の日本程度とされますが(ホプキンス)、それは国庫に納入された金額のことで、徴税額ではありません。徴税請負人は取れるときに取っておかないと凶作時に破産してしまいます。ここに表面に出ない差額が生み出され、富裕な騎士階層が成立する温床になります。

これに対して私的な商人も東地中海のロードス島などを中心に活躍していますが、その実態についてはステレ8に見られるようにあまり高く評価できるものではありません。一般に市民には租税がなかった古代において、戦時の出費は富裕者への臨時財産税や戦争税でまかなわれ、平時の出費は対国家奉仕という形で負担されました。ここに貴族や富裕者の権威の根拠がありますが、逆に言えば絶えざる出費を強要されました。富裕市民に限らず、富裕な居留外国人も同様でした。

古代の弁論家リュシアスの父は前5世紀の前半にシシリー島のシラクサからアテナイに移住します。裕福な楯職人で、居留外国人としてアテナイの上流階層に受け入れられ、その家庭は文化人のサロンと化し、ここで生まれたリュシアスも最高の教育を受けます。スパルタとの長期の戦争の中で、この家族は100人近い楯職人の奴隷を所有するエルガステリオン(作業場)を維持します。しかし、敗戦後の30人僭主たちの下でこの富豪の財産は没収され、兄弟は殺され、リュシアスも命からがら国外脱出します。トラシュブロスに率いられた亡命民主派に資金援助し、かれらの帰国と軍事制圧を可能にさせ、復活民主政の下で市民権付与されます。しかし、反対提案があり市民権は無効になり、以後、生活のために訴訟弁論の代作によって生計をたて、多数の優れた法廷弁論を残して長寿を全うします。このように古代の著名な富豪はローマ帝政期のセネカのように生命財産を奪われたり、レントゥルスやナルキッソスのように全財産を皇帝に遺贈することを強要される事例が少なくありません。権力者の強欲の標的にされたこともありますが、巨大な財産そのものが古代では権力者や民衆の嫉妬の対象になった面もあります。財産は保持するものの悪評が絶えなかったアテナイのアルクメオン家に見られるように、マックス・ヴェーバーのいうパリア・カピタリスムス(賎民資本主義)の一面です。
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